甘酸っぱさMAX! 青春の思い出 6 大人の階段

ある日のこと。

『ただいま~』と

いつものように学校から

帰って来て玄関に入ると、

いつもは『お帰り。』と

言って出迎えてくれる母の姿が

無かった。

 

あれ?おかしいな。

留守なのかな。。。

と思って中に

入っていったら。。

 

静かなリビングで

母が一人、ポツンと座ってて、

<なんだ、いたのか!>と

驚かせるなよ、と思った瞬間。。

 

『ちょっと、そこに座りなさい』

と言って、なんか穏やかな

感じ、じゃない。

 

なんだ?なんだ?

また隠してある煙草でも、

バレたかな?と思ったんだけど。

 

『これは、一体、何なの!』と、

テーブルの上にバン!と置かれた物は

コンドームだった。(中身の1個のみ)

 

『なんで高校生がこんな物を

 持ってるの!!!(怒)』

 

『うるせえーな。なんで人の机の中、

 勝手に開けるんだよ。そういうこと、

 やめろ!って前にも言ったろ?』

 

母は、いつも本当に手癖が悪くて、

時々、抜き打ちで、僕の部屋の机の中や

押し入れの中とか、、スポーツバッグとか、

下手すると天井の裏まで調べて、

僕の悪事?を見つ出すことを

生き甲斐としている?ような

ところがあって。

 

そのコンドームだって、

机を開けただけでは分からないように、

お菓子の空き箱の中に入れて

隠しておいたんだけれど、

それすらも見つけ出すような母で。

 

これまでにも、中学生の時から、

ウィスキーの小瓶、煙草、ライター、

ライター用オイル、置灰皿、携帯灰皿、

エロ本類と数々の摘発と逮捕という

憂き目に遭ってる。

 

母の中では、悪い物の序列という

のがあって、一番、重罪になるのが

エロ系の物で、これら関連の物が

摘発された時は、マジで3日ぐらい

口を利いて貰えない。

 

『お帰り』すらも言ってくれない。

 食事も無言の提供。

エロ本類は水着写真集も含め、

完全没収で全部焼却処分という

厳罰な処分。

自分で買った物なのか人から

借りた物なのかも聞かずに

勝手に焼却処分する。

しかも僕が家に帰ってくる前に。

 

母が嫌がる順というのもあって。。

 

1位.どぎついエロ本

2位.成人用エロ漫画

3位.アイドル系水着写真集

4位.煙草関連グッズ

5位.お酒類

6位.母が気に入らない物全部

 

下される処分だけど・・・

 

エロ本の類の刑罰は、

全部没収された上、焼却処分。

そして<完全無言の刑3日間>

食事も無言提供される。

 

その他の物は、上から順に、

怒鳴る!喚く!

小言をしつこく言う!

という刑罰が下される。

摘発された物は、

軒並み、全部処分される。

例え、どんな高価な物でも。

 

今回は、顔にも言葉にも

出して怒っているので、

まだ完全にはキレていないが。

 

どうしてキレてないのが

分かるかと言うと、

中学校から帰った時、

母がいるのに、返事も

出迎えもないので

変だな?と思いつつも、

もしや?と思って、

押し入れをチェックしたら、

カモフラージュして隠しておいた

友達から借りたエロ本全部が、

紙袋ごと消えていて。。。

その時、生まれて初めて

母から完全に無視され3日間も

口を利いて貰えなかったという

事があったので。

 

兎に角、母は僕が大人の男になって

いくのが嫌なようで、

思春期の僕が、性に関心を示すと

嫌悪感を剝き出しにして

どこまでも激しく罵った。

 

今回のコンドームだってそう。

『高校生がなんでそんな物が必要なのか?』

って激怒して聞くけど、

『高校生だから必要なんだろ!』って

言いたかったよ。

 

勿論、そんなこと言ったら、

火に油を注ぐだけだから

決して言わないけど。

 

もし言ったら何て言われるかも

想像がつくしね。

 

多分、こういうよ。

『女性の体に興味持つ

子供なんて私の子じゃない!』

って。

 

コンドームも、本当は、

どんな物か知りたくて、また装着も

してみたくて自販機で買った物

だったんだけれど。

 

勿論、彼女とそういう雰囲気になった時に

1個ぐらいは持っておきたいというのも

あったけど。(初体験に備えて)

それが今回、見つかったんだけれど。

 

母だけど、こんな事もあった。

これは僕が30代後半の時に、

結婚する時、母が言った

言葉だけど。。

こんなこと言ったんだよ。

 

『結婚本当におめでとうね。

そのうちお嫁さんも妊娠したり

することもあるかもしれないけど、

それは自然なことなんだからね。

何も心配しなくてもいいのよ。』

とこう言ったのだ。

 

<はっ?自然??心配???>

と、どこまでも耳を疑った。

 

俺は、性知識0の小学生か!!

SEXに罪悪感を覚える初体験も

未だの童貞男かと。笑

 

まあ、こういうちょっと変わった?

母だったので、高校生の時、

彼女が出来た時も、うるさかった。

 

このコンドームが見つかった時も

言われた。

 

『ところで、あなた誰と付き合ってるの?』

『お母さんが知らないとでも思ってるの?』

『あなた変わったもの。』

『それも、その子と使うつもりだったんでしょ?』

『どんな子なの?』

『彼女がいるなら今度連れてきなさいね』

『女の子に、変なことしちゃダメよ。。』

 

『うるせーな。変なことって何だよ?

大体、彼女なんて、いねーよ。』

 

と言ってみたものの

母を騙すことは、

出来なかった。。

 

確かに、僕は、母が

言ってるように変わったかも

しれない。

 

身だしなみにも

気を払うようになったし。。

タクティクスやポーチュガルの

オーディコロンなんかも

使いだしたし。。

 

髪の毛も、田原俊彦

通っている美容室を見つけ

南青山まで電車に乗って

カットしに行っていたし。

 

僕が、ほんの少しずつだけれど、

色気付いていったことを、

母は見逃さなかったのかも

しれない。

 

※7に続きます。

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甘酢っぱさMAX!青春の思い出 5 初めての恋人

件の告白劇は、

自分の人生にとって

貴重な礎となった。

 

勇気が必要な時、

努力が必要な時、

解決困難な事に遭遇した時、

僕は、いつもあの日のことを

思い出し、その度に、

乗り越えて来れたから。。

あれをせずに、もし逃げていたら、

以後も碌な人生が送れなかった

だろうし。

 

だから、彼女には、

今でも感謝している。

 

彼女から勇気を貰ったお陰で

その後の人生も輝かせることが

出来たのだから。。

 

*********

 

告白した翌日、

教室で目が合うと

彼女は優しく

微笑んでくれた。

 

時には恥ずかしそうな顔して

態と目を逸らしたりして。

 

僕は、最後の授業が終わると、

幸せ一杯な気持ちで、彼女の席に

向かった。

 

そして言った。

『一緒に帰ろう^^』って。

 

彼女は、とびきりの笑顔で

『うん、帰ろう^^』って。

言ってくれた。

 

『いいよ♪』って言って

くれるかも?とは、

想像してたけど。。。

こんなに嬉しそうな顔して

言ってくれるとは

夢にも思わなかった。

 

感激のあまり、

心が震えた事を

覚えている。

 

告白して本当に良かったと

改めてそう思った。

 

かなりの勇気が

必要だったけれど、

これは自分で掴み取った

幸せでもあるんだと、

そう思うと、嬉しさも、

ひとしおで、格別だった。

 

この女の子となら、

きっと上手くいく。

これから迎える夏も、

きっと楽しく、一緒に過ごせる。

僕は、彼女の笑顔を見て、

心から、そう確信した。

 

それから、

何日経っただろうか。。

 

ある日の学校の帰り道、

彼女と一緒に並んで

歩いている時。

 

僕は、

また勇気を出して

手を伸ばし・・・

彼女の手を握った。

 

そうやって、

初めて彼女に

触れることも出来た。

 

僕の緊張が彼女にも、

伝わったからなのか

話しが不自然に1分ぐらい

途切れてしまったけど。

 

ちょっと気まずい雰囲気に

なってしまったけど、

彼女の手は離さずに、

僕はそのまま握り続けた。

 

彼女の手は小さく、温かく、

柔らかく、しっとりしていて

何とも言えない

心地良さがあった。

 

これが女の子の手の温もり、

彼女の手の温もりなのか。。

と驚いた。

 

出来れば、このまま、

ずっと握っていたいな。

 

心の底から、僕はそう思った。

 

※6に続く

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甘酸っぱさMAX!青春の思い出 4 告白

高校に入学して間もない頃、

僕は同じクラスの一人の女の子が

ずっと気になっていた。

 

その子は目がパッチリとした子で、

目鼻立ちも整ってて、髪も艶々

さらさらとした綺麗な長い

黒い髪を持ち、どこか憂いを

身に纏った女の子だった。

 

彼女とは、不思議な程に

同じタイミングで視線が合った。

 

 僕が、この子をいいなと思ったのは、

16歳なのに、他の生徒と群れて

騒いだりもせず、また変にキャピキャピ

もしておらず、落ち着いた雰囲気を

醸し出しているところだった。

 

ただ僕は、当時は(今でもだが)

自分に自信を持っておらず、彼女に

気安く近づいて拒否されてしまうことを

内心恐れていたので、気軽に話し掛ける

事も出来ない儘でいた。

(まあ、これは彼女にだけでなく、女性ならば誰に対してもなんだけど)

 

そんな僕が、何とかしようと、

やる気を出したのは、

こうして何もしないでいても

事は一向に良い方向に進まないと

悟ったからだった。

 

高校に入ったら彼女を作るというのは

バイクの次に掲げられた目標だったし。

 

それを思い出し、僕は何としてでも、

彼女にアプローチすることを決めた。

 

それからは、熱心に色んな手を考えた。

しかし、どれもこれも回りくどい

時間が掛かる方法ばかりで、

不器用な自分には、とても上手く

出来そうには思えなかった。

 

仲良くなりたかったら、まず近づいて

話せ!まずは友達から!っていうのが、

極めて普通の正攻法だが、僕には、

それすらも難しいことだった。

それが出来れば、

こんな苦労は、しないと。

何しろ、女子と話すだけで、

てんぱってしまうのだから。

それが好きな子と、なんてなったら

絶対に無理だと思うし。

 

しどろもどろで楽しい会話なんか

出来るわけがない。

大体、これでは相手に不審がられて、

上手くいくものも、

上手くいかなくなってしまう。

 

僕は、こうやって家で悶々としながら、

毎夜、毎夜、彼女とどうやったら

付き合えるのかを考えて過ごした。

 

彼女とは付き合いたい。

彼女をバイクの後ろに乗せて

格好良く走りたい。

 

彼女と一緒に綺麗な海も

見てみたい。

どこでもいい、彼女と、

一緒に過ごしたい。

そして彼女を抱きしめたい。

彼女の唇も奪いたい。

彼女のあの艶やかな髪にも

触れてみたい。

彼女の柔らかそうな胸にも

触れてみたい。

着ている物もすべて脱がして

彼女のすべてを、この目で

確かめてみたい。

そうやって、いつかは、

彼女の全てを奪いたい。

 

僕は、もう気が狂いそうだった。

そんな感情がMAXに

達した時だった。

 

<俺の方法でやってやる!

明日の放課後に呼び出して

告白しよう!>

 

それで全てハッキリする筈だ!と。

 

彼女も僕の存在には気付いてるし、

呼び出して告白しても、

寝耳に水ってことはないだろうと

思ったのだ。

 

もし断られたら潔く諦めれば良いし。

付き合っても良いかな、、と思ったら

相手も断らずに良い返事で返して

くれるだろうと思ったのだ。

 

兎に角、告白してしまって

交際を申し込めば、

答えは、彼女の胸から

引き出せる!と。

 

万一、OKだったら、

その日からバラ色の人生が

始まるのだ。

 

やってみる価値はある。

砕け散るだけの価値も、

あると思った。

 

僕はこうして超短期決戦で、

勝負することに決めた。

 

ヨシ!

明日、告白しよう!

僕は、そう決めた。。

 

明日、告白出来なければ、

もう一生できないと思ったし。

ヤケクソだ!とも思った。

 

翌日…。

僕は、早速、自分の誓い通りに

休み時間に彼女のところに行くと

『ちょっと、今日、話したいことが、

あるんだけど。。』

と言って、その女の子を放課後の

校庭に呼び出した。

 

放課後になって、遠くから彼女が、

やってくる姿を確認すると、

あろうことか、。

僕は、逃げたい衝動に駆られた。

あれ?全然覚悟決まってないな、

と思って、これには、かなり焦った。

呼び出すのに声を掛けた時は、

あんなに冷静に落ち着いて出来たのにと。

 

それに呼び出した場所を

広い校庭にしたことも後悔していた。

 

何かに掴まっていないと、

もう倒れ込んでしまうほどに

不安で自分が頼りなかったからだ。

口の中も、喉もカラカラになって、

どうにかなってしまいそうだった。

彼女が、一歩、一歩、近づいてくれば、

来るほどに、緊張も高まり、

苦しさは増し、頭はフラフラになり、

今にも、ぶっ倒れそうだった。

 

こんな怖い思いをしたことは、

生まれて一度も経験してないことを

この時に知った。

 

これでは上手く告白も出来ないかも?と

急に不安になった。

そこから走って逃げ出したかったが、

既に足は動かなくなっていた。

 

ハッとした次の瞬間には、

彼女は、僕のもう目の前まで

やってきていて、その足を止めていた。

時間は止まっていた。

足もどのみち、動かないし、

腹を括って言う事だけは、

言う事にした。

 

『あのさ、、

急に呼び出したりして

ごめん。

実は。。。

あのー、そのー、、。。

き、き、君のこと好きなんだ。

好きで堪らないんだ。

もし良かったらだけど、

僕と付き合ってくれないかな??』

 

遂に、言ってしまったー!

と思った。。

 

そう言ったら、

彼女は、一瞬驚いた顔した後に、

顔を斜め下に向けてしまった。

そして、肩を左右に揺り動かしながら、

靴で地面の上の砂をならすような

動きをして見せた。

表情は髪で隠れていて見えなかった。

 

その姿を見た僕は、

<彼女、困ってるな。。

これは、もうダメかも。>

そう覚悟した瞬間だった。

 

彼女の口から、

遂に放たれた、その言葉は。。

 

『こんな私で。。。いいの?』

 

『えっ?はい?

あっ、う、うん、いいよ。

も、勿論だよ。。

僕、好きだし、君のこと。。』

 

こうして、

僕の輝かしい未来の扉は、

やってくる夏に向かって

一層大きく開かれたのだった。

 

初夏を迎えた、

16歳の日のことだった。

 

※5に続きます

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甘酸っぱさMAX!青春の思い出 3

高校に合格して無事に

入学を果たして

暫くしたある日の夜。

 

僕はテーブルで一人、

晩酌していた父に

向かって言った。

 

『あのさ。バイクの教習所代と

バイク代、約束通り、

出して欲しいんだけど。。』

 

この約束と言うのは、

『念願の第一志望の高校に

入学したら、免許の教習所代も

バイク購入代も全部出してやる!』

と酔った勢いで?言った父の言葉だ。

 

これを反故にされたら、

僕の夢見た青春時代は

一巻の終わりだから

冗談だったら済まさないぞ!と

少しばかり怖い顔して、

父に言った。

 

そんな僕の不安を余所に、

意外にも父は笑顔で僕に言った。

 

『あーそうだったな。

約束だったもんな。分かったよ。

お母さん!全部準備して

出してやれ。約束だから。』

 

後日、母からその教習所代を

受け取ると、早速、封筒に

入ったそのお金を握りしめて、

電車で30分ぐらいの距離にある

自動車学校へ申込に行った。

 

受付に行って、

『最短で中型二輪の免許を取得したい』と

いう旨を受付嬢に伝えると、

1日に2回とか3回とか連続で

予約を取ることも可能だと言われて、

すっかり気を良くした僕は、

それからは、もう何よりも

最優先して、足繁く通った。

 

これから先は、どんなに楽しい

日々が待っているのだろうと、

隙間時間が出来ると、

バイクの雑誌を見ながら

毎日のようにあれこれ

夢想していた。

 

一所懸命に通ったお蔭で

僕は程なくして免許を

取得することが出来た。

 

初めて手にしたピカピカの

免許証を見て、暫く悦に浸った。

僕も大人になったんだって。

 

今は、法律がどうなっているのかは

知らないが、当時は、その免許で

400cc以下のすべてのバイクに乗る

ことが出来た。

 

何年か前に、その当時の青春時代を

熱く思い出して、居ても立っても

居られなくなり、年甲斐もなく、

病気の中、力を振り絞って、

大型自動二輪免許(限定解除

を取得した。

その後、軽自動車に積んである

エンジンの2倍以上もあるカワサキ

1400GTRという超大型バイクも

買ったのだが。

 

しかし、この体では、

とても乗り熟すのは無理な

ことが分かり、2,000km程

堪能した後は、売って

処分してしまったが。

 

その時の写真は、

1枚も残っていない。

あまりの悲しさに全部、消去して

しまったから。。

執着するのも、

良くないしね。。

 

それでも、キューーーンとか

シュゴオオオオオォーと

ジェット機の音がする

このバイクのエンジン音や

排気音は、今でも、はっきりと

覚えている。

 

あの戦闘機みたいなド迫力に

どれだけ痺れたか。

語り出すと長くなるので、

もう、これでやめておくが。

 

そんな具合にして、高校に入って

バイクの免許を取ると、すぐに

ヤマハの400CCのバイクを購入した。

これは、4ストローク4気筒の

DOHCエンジンが搭載されたバイク、

XJ400で、特別なカラーリングが

施された国内で500台だけ製造された

限定車だったんだけれど。

この1980年代初期の400ccの

中型車でも最高速度は実測で

173km/h出た。

(とっくに時効だから白状するけど)

慣らし運転が済んだ天気の良いある日。

常磐道の高速まで行って、試して

みたのだが。。

当時のバイクは80キロを超えると

速度メーター内に真っ赤なランプが

煌々と点灯し<死ぬよ!>と警告して

くれるんだが。

この赤が本当に血を連想させる色なので、

このランプが一般道を走行中に点灯すると、

最初の内は、本当に怖かった。

(特に夜間は、本当に怖かった)

 

僕は、このバイクを心から愛した。

納車となった時の、あの日の感動は

今も色褪せず、はっきりと覚えている。

 

納車となったその日は、ラッキーな事に

晴れで、バイク屋に自分で取りに行く

ことになっていたんだけれど。。

 

だから、もう、その日は、

朝から嬉しくて一人発狂してた。

学校の朝の礼拝も授業も、全部、

左の耳から右の耳へと抜けていき

友達から話し掛けられても

気付かない程に、何から何まで

上の空だった。

 

この日ばかりは、夢中だった

恋人の彼女のことまで、

忘れてたと思う。

 

帰り際に、やっと彼女の存在を

思い出し、急いで彼女の

ところに行くと・・・

『ごめん!今日は一緒に帰れない!

じゃ!』とだけ短く伝え

駅に向かって走って行った。

 

去り際に、彼女は、『えっ?』と

言った不安そうな表情を見せたが、

彼女に説明している時間なんか

僕には無かった。

 

横浜駅で、一度、電車に

乗り換えるのに、

その広い構内でも走り、

着いた駅からもダッシュで走って

いったから店に着いた時は、

もう完全に息切れしてて、到着した時、

バイク屋の店主は一体何事かと

驚いていたけど。

 

『ハァ、ハァ・・・

あのー、バイクを受け取りに来ました。

バイクはどこにありますか?』と

尋ねると驚きながらも、

店主が奥からバイクを出してくれた。

 

新車だから当然だけれど、

何もかもが、ピカピカだった。

 

僕はもう嬉しくて、

バイクのあちこちを撫で回したりした。

キーも受け取ると、そこの店主には

もう用は無かった。

 

ここの店主は何故か感じ悪いので、

もう二度と利用するつもりも

なかったし。

 

それでも一応御礼だけは言おうと

子供心ながらにも気を遣って

振り返ったのに、既にそこに

店主の姿は、なかった(怒)

 

ありがとうございました、も

お気を付けて!も、

無しかよ!!と、呆れた。

 

僕は、チェッ!と呟くと

心の中で二度と来るか、

こんなクソバイク屋に!

と思った。

まっ、他の店でメンテすれば、

問題もないさ♪と僕は意外にも

冷静に受け止める事が出来た。

勿論、二度とそのバイク屋には、

行かなかった。

今考えても、子供乍らにも、

中々に良い判断していたと思う。

 

※このお店だけど、

調べたら潰れて無くなってた。

もしかしたら、当時も既に

赤字だったのかもね。

あんな顔して商売上手くいく

わけないよ。バカじゃん。笑

 

気を取り直して、バイクのキー穴に

キーを差し込み、右一杯に回すと、

ギアーがニュートラルであることを

示すグリーンのランプが煌々と灯った。

 

メーターには、エンジン回転計と

180km/hまである速度計。

それに、バッテリーの電圧を示す

メーターそれとアナログの燃料計が

付いていた。

 

中央部には上から、

ウィンカー左右の表示ランプ(橙)

オイル不足エンジン焼き付き警告灯(赤)

ハイビームであることを示すランプ(青)

ギアがニュートラルであることを示すランプ(緑)

その他にスピードメーター内には、、

80km/hを超えた時の速度警告ランプ(赤)

が装備されていた。

 

尤も、カタログや雑誌で、

僕は穴が開く程に眺めていたので、

既に、ほとんど全部を

知り尽くしていたが。

 

僕のした操作で、

逐一に反応するバイクが

もう愛おしくて堪らず、

人通りの多い中、憚ることもせず、

僕はバイクを抱き締めたり、

見つめたり、撫でたりして、

すぐには走り出さずに、

そのまま、その場所に佇み続けた。

 

※4に続きます。

 

1980年代初期のXJ400のインパネ

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雰囲気だけお楽しみ下さい。(※僕じゃありません)

youtu.be

 

甘酸っぱさMAX!青春の思い出 2

合格発表に向かう長い上り坂は、

春の訪れを祝うかのように

桜が道の両側に規則正しく並び、

咲き乱れていた。

 

合格発表の結果は、

一人で見に行きたかった。

 

落ちていた時の事も考えて

いたからなんだけれど。

それに、もう子供じゃないし!

と思ってたし。

 

しかし、親どころか親戚の

人たちまでもが、

一緒に行くと言い出し、

聞く耳も持たないので・・・

仕方がないので連れて行ったが。

 

お蔭で、一番、ぞろぞろと

引き連れた見っともない

集団になっていた。

 

合格掲示板の前に着くと

僕は、みんなの真ん前に立ち、

震える紙を片手に、

恐る恐る番号を探した。

 

その番号は、

381 388みたいな感じで

7番ぐらい番号が飛んだ後に

僕の受験番号があった。

 

僕は、静かに言った。

『あっ、あった。。』

 

続いてみんなが言った。

『えっ?どれ、どこ?』

『あっ、ほ、ほんとだ。あった。あったぞ!』

『あそこにある、あそこ。〇〇〇番!』

『うおー!本当だ、合格だー!!』

『キャー、あった。あったね。』

『あったわね、合格だね。アハハ。笑』

『合格おめでとう♪』

『おめでとう!ほんとお疲れさま~♪』

 

暫しの歓声の後、

静かになったと思ったら

僕を除いたみんなが泣いていた。

 

父も母も感極まって

泣いていた。

親戚の叔母さん達まで

貰い泣きしていた。笑

僕は合格した事実より、

みんなが喜んでくれてることに

涙を流しそうになった。

男が人前で涙を流すなんて

見っともないので

何とか歯を食い縛って

耐えたけど。。

 

そんなこともあって暫くすると

入学式を迎えた。

 

式の後、その高校で使う

教科書をまとめて

買うんだけれど、

これが結構な金額で驚いた。

この時ばかりは親に感謝したかも。。

 

ミッション系の学校なので

讃美歌集や聖書なども

有ったからかもしれないけど。

 

僕は、中学でも友達が

少なかった。

それなので、果たして誰も

知っているが人いないこの高校で

上手くやっていけるのか、

それが一番不安だった。

 

でも、僕は、元々、

親も公認してる程の

一匹狼みたいなところが

あったから、例え、友達が

一人も出来なくても、

それなりに楽しもうとは

思っていたけど。

 

それなりにと言うのは、

バイクに乗ったり、

彼女を作ったりして

楽しむことだけれど。

 

まあ、結論から言ってしまうと

その心配も杞憂に終わり、

友達は何人も出来たんだけれど。

今でこそ付き合いはないけれど。

 

最初は、一人だったんだけれど

バスケのクラブで一人の同級生と

すぐに仲良くなり、その後、

彼女も出来たら、一気に仲良く

してくれる人が、どんどんと

増えていったって感じかな。

 

誕生日の関係で誰よりも

バイクを早く乗るように

なったことも注目の的になった。

 

『どんなバイク買ったの?』

『400cc?速い?何キロ出る?』

『僕もそのツーリングに連れていって』

『俺も一緒に行きたい!』

という人が後を絶たず、一緒に遊んだり

話をするぐらいの仲の人等は総勢で

100人前後いたかもしれない。

 

人は人が集まっているところに

集まってくるんだということを

この高校で一番学んだかもしれない。

(今は一人だから誰も寄って来ないけど。笑)

 

まあ、そうやって、

僕は不安の中、色んな楽しみや

期待で胸をいっぱいにして、

高校1年の春を迎えた。

 

※3に続きます。

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甘酸っぱさMAX!青春の思い出 1

どこまでも暗く・・・

どこまでも険しく・・・

どこまでも鬱々とした・・

息の詰まるような

長~い受験戦争が終わると

こんな僕にも遂に

待ちに待った春が来た。

 

学力のない自分には、

相当な努力をしなければ

入ることが許されない、

そのような高校を態々に

選んだ理由は、簡単だった。

 

オートバイが全面的に

許されていて、

唯一、自由な学校

だったからだ。

 

当時の高校では、

これは大変に

珍しいことだった。

 

三ない運動に続き、

更には四ない運動までが、

全国で叫ばれる最中に、

バイクも車も一切の制限もなく

免許取得も車の購入も

全部自由だったのだから。

(余りの珍しさにTVで、

取り上げられたこともある)

 

実際、学校の制服の儘、

車を運転して登校し、

先生に怒られてる生徒もいた。

(軽い口頭の注意のみで済むが)

『路上駐車しないで駐車場に

止めて来なさい』なんて

声が朝から聞けるんだから、

そんな高校は滅多に無い筈だ。

 

このようにどこまでも生徒に

優しいというか寛大だった

理由は二つある。

 

一つは、私立の学校だったこと。

そして、もう一つは、

ミッション系の学校だったから。

 

聖書の中にも、逆説的な意味だけど

『真理はあなたを自由にする』とか、

<自由>に関する記述が多く。。

マタイの福音書にも、

『人の子は安息日の主である』

というのがあるからなのか、

兎に角、生徒には寛大な高校だった。

 

校内には大きな礼拝堂や

特大のパイプオルガンまでもあり、

いつでも牧師様から洗礼を

受ける事も出来たし、

お昼になれば、白亜のレストラン

みたいな瀟洒な建物で、

自由に食事も選べた。

 

メニューもフランス料理みたいな

物が多く、頼んでみるまで、

どんなのが出て来るか

想像もつかないような物が、

日替わりで何種類も供されていた。

 

普通に天丼とか食べたい僕には、

これは、結構な苦痛だったが。。笑

 

それでも、こういったミッション系の

学校でありながら、ただの一度も、

クリスチャンになることを

勧められたことが無いのは

ある意味、本当に<自由>が

守られていた学校でもあったと

言えると思う。

 

制服も何種類かの中から自由に

選べたし、その中での

コーディネートも自由だったので、

みんな、それなりに、お洒落してた。

女生徒は、お化粧している人も多かった。

髪もみんな自由に染めてた。

 

僕は面倒だったので、いつも

同じ格好をしていたけど。。笑

 

※2に続きます。

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★想作?★ふわとろ豆苗チーズオムライス

豆苗が残ってたので、

それを使って、

今日のお昼は、オムライスを

作ることにしました。

 

普通に、美味しかったです。

 

ブログを始めたこともあり、

あまり手を抜かなくなったのが、

良い具合に作用しているようです。

 

さて、食後は美味しいコーヒーでも

淹れて飲みますかね^^

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★使った調味料★

雪印バター

カゴメ有機ケチャップ 

・ミックスチーズ(NCL社)

・オーサワの野菜ブイヨン

・塩胡椒