★認知療法★ ②一般化のし過ぎ  10-2

★一般化のしすぎ★


一般化のしすぎとは、

平たく言えばどういうことなのか。
分かりにくいのでその言葉自体を

他の言葉に置き換えてみようと思う。


<一般化>というのは、

過去に於いては特殊だったものが、

今ではみんな普通の事として

受け捉えていますよ、

当たり前になっていますよ、

同じ値観感として広く行き渡っていますよ、

という意味になるかと思う。


それを<し過ぎている>というのは、

一体どういうことなのか?


これは、つまり、

『何でも恰もそうであるかのように、

一緒くたに全てを受け捉え過ぎては

いませんか?

普通じゃありませんよ、その感覚!』と

言ってるのだと思う。

 

とどのつまり。。
<自分の中に間違った常識を

いつの間にかあなたは築いている>

ということを指摘されているわけだ。

 

それが認知の歪み要因の1つに

なっていますから、

これも気をつけなさい!と
言ってくれているわけだ。

 

それの何が問題なのか?
人は、一度、失敗して心に傷が付くと、

次も同じような失敗が、ずっと続くのでは

ないかという思い込みに囚われて

しまったりする。


ショックな出来事だっただけに、

誤った想念もこの時に抱きやすい。


それが誤った価値観を構築する土台の

材料ともなっていってしまう。

 

そうなると、もう世の中を

その誤った価値観という自分だけの

フィルターを通してでしか、

この世の中を見れなくなるから、

なんか、とても対応が難しい

世の中にも見えてくる。


恐ろしい世界に生まれたんだと
当然、自信も失っていく。

生きる意欲すらも段々と失ってしまい、

遂には鬱状態にもなってくる。

 

しかし、同じことがずっと続くとか、

そういうことってあり得るだろうか?


この疑念を晴らすには、過去の事例を基に、

落ち着いて一度冷静に考えてみることが

大切だと思う。

 

ずっと悪いことが続くなんて有り得ない。
人に依っては、異性からも二度も三度も

フラれることも可能性としては

あるだろうが、だからと言って、

それから先も、ずっと誰からも

相手にされず、一生、一人きりという

ことは考えにくい。


世の中には捨てる神もあれば拾う神もある。
100人の人が嫌っても1人ぐらいは、

好いてくれたりするのが世の中だ。


自分が『イヤそうではない。、

こうなのだ。』と決めつけたところで、

世の中は、そのようには動いてはいかない。


今は、ただ<楽しくない時期にいる>

それだけのことではないだろうか。


禍福は糾える縄の如しという言葉が

あるように、、

良い事ばっかりも起こらないが、
悪い事ばっかりも起こらない。

良い事や悪い事は、

交互にやってくる。


また、悪い出来事だと思っていたことが、

意外や意外にそうではなく、

良い事だった、良い事に繋がった

なんてこともある。

 

人間万事塞翁が馬>なんて話は、

その典型ではないだろうか。

(その後のオチもあるが)


悪い出来事が数度あったからと言って、

自分の価値観だけですべてを決めつけて、

それを自分の中で一般化、

常識化してしまうことは、

驕り以外の何物でもないと

認識すべきだろう。

 

世の中は色んな価値観に溢れている。
自分の価値観だけで成っている

世界でもない。


これから先も、

受け入れられないようなことが、

起こることもあるだろう。


だからと言ってそれが全てではない!

ということは肝に銘じておきたい。

 

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※これらは、以前、勉強したことの

再確認資料として自分に向けて作成、

まとめた物であり、皆様方に向けて

発信したものではありません。

また、本文は個人的解釈を多分に含む

内容となっております。